職場の人も、
友達も、
親戚も、
家族も…。

みんなが私を嫌っているにちがいないと思って本当に悲しくなるときがある。



出かけた先のスーパーでお金の受け渡しをしたレジのパートの女性も、

狭い道を車で通るときに端に避けてくれた対向車の運転手さんも、

電車でたまたま隣に居合わせた見知らぬサラリーマンも、

みんなが私を嫌っていると感じるときがある。


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なんでそんなふうに思うの?とよく聞かれる。

なんでと言われても、自分にもわからない。



世界中のみんなが私の「敵」だと感じるとき。
それはつまり「味方」がひとりもいないと感じているとき。



「そんなことないよ、嫌ってなんかないよ。みんなあなたのことが好きだよ。」

そんなふうに励ましてくれる人が何人かいる。

とてもありがたい。
ありがとう…って思う。



でも、そんなときに私がかけてほしい言葉は、実はちょっと違う。



なぜなら、

「そんなことないよ、嫌ってなんかないよ。」

という言葉は、

「みんなに嫌われているにちがいない。」

という私の感情を否定されることだからだ。

そんなふうに思っちゃいけないよ!みたいな感じに。



私がかけてほしい言葉は、

「そうなんだね。みんなが自分を嫌ってるって感じてるんだね。それをひとりで抱えてたんだね。辛かったでしょう。辛い気持ちを話してくれてありがとう。」

ただそれだけ。



私のその感情が

『持っていてイイ感情か』
『手放したほうがイイ感情か』

というジャッジはないほうがいいなぁって。



ただ、あるがままに受けとめてほしい。



「そうだったんだね、それは辛かっただろうね。」

そう聴いてほしいだけで…。


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自分のそんな感情の揺れを感じながら、あらためて思います。

私の周りにもし、私と同じように、そんなふうに勇気をくじかれている家族や友人がいたら。

なにもジャッジはせずに、ただ受けとめてあげられる自分でありたい。



それに気づかせてくれた、この私の感情の揺れに、今日も「ありがとう」。



さあ、ここから、今日をはじめよう。



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かたおかゆうこ