こんにちは。
かたおかゆうこです。

ここ数日、おうちのなかでの兄弟のケンカについて記事を書いていますが、引き続き今日も兄弟ケンカについて。

例えば、ゲームの順番についてケンカになっているときに、親にどんな「援助」ができるのか考えてみたいと思います。

【写真】空と白い花


ゲームの順番をめぐってケンカが起きたときに、ついしがちな親の反応。

ゲームの順番をめぐって兄弟ケンカがはじまる…そんなよくある風景を考えてみましょう。兄弟ふたりがママのところに来てこう訴えます。

兄「僕の番なのに、アイツが割り込んできたんだよ!」
弟「ずっと待ってるのにいつになっても貸してくれないからだよ!」

さぁ~、こんなときどうしましょう。お兄ちゃんは、自分の番だからゲームしてたのに弟が割り込んできたと言っています。弟のほうは、順番を待ってるのに、いつになってもお兄ちゃんが代わってくれないから割り込んだ形になっただけだ…という言い分のようです。


このようなとき、親がしてしまいがちな反応としては、「どっちが悪かったのかをつきとめる」という行為だと思います。どっちの言ってることが正しいのか?を確認し、悪いことをしたほうの子どもに注意を与える、とすることが多いのではないでしょうか。

しかし、このやり方はオススメしません。これでは、子どもの兄弟ケンカをますます悪化させることにつながってしまいます。STEPではこういった親の反応を「裁判官の役割」と呼び、このように間違いを正そうとばかりする親の態度は子どもの勇気をくじいてしまうことを学びます。


もし子どもが、順番を守って仲良く遊びたいと思っていて、でもそれがなかなかできなくて困っている…というとき、親がすべきことは「順番を守らなかったほうを探し当てる」ことではありません。

親にできることは「問題解決の援助」です。子どもが自分の問題(兄弟ケンカ)を自分たちで協力して解決するためのチカラを、勇気をもって発揮できるようにしてあげることです。


そのために親にできる役割…つまり具体的な対応は、

子どもの話を良く聴き、その子が問題解決のために何ができるのか?を一緒に考えてあげる

…ということなのです。


「いじめっ子」と「いじめられっ子」。どちらが正しいのかを考えない。

たとえば、こんな場面を想像してみてください。

ふたりの男の子がいるとします。ひとりは「いじめっ子」。もうひとりは、その子に毎日いじめられている「いじめられっ子」です。
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◆いじめられっ子の話を聴く

ある日、カウンセラーのところに、ふたりが別々のタイミングでひとりずつ相談にきました。

まずは「いじめられっ子」のほう。クラスメイトに毎日いじめられていて辛いんだという話をしています。やめてって言いたいけど言えない…とか、僕は何も悪いことしてないのに…とか、たくさん話してくれます。

時間をかけてその子の話を聴いたうえで、カウンセラーはこう言いました。

「そうなんだね。辛かったんだね。言いたいけど言えないっていう、もどかしい気もちがあることも話してくれてありがとう。どうだい?キミに何ができそうかを一緒に考えてみないかい?」

カウンセラーは優しく穏やかにその子に話しかけ、その子が自分の問題を解決するために勇気をもって一歩踏み出すための援助をしていきました。


◆いじめっ子の話を聴く

次は「いじめっ子」のカウンセリング。自分があるクラスメイトをいじめていること、その子の顔をみるとイラっとすることなどを話しはじめます。

カウンセラーは彼の言動を一切否定することなく、「そうか、そうか。そうなんだね。」とひたすら話を聴きつづけます。

「いじめはダメなことだよ!わかってるかな?」などと口を挟まずに話を聴いてくれるカウンセラーにたいして、いじめっ子は安心した気もちでどんどん話していきます。

すると彼は、責任逃れをするかのようにこう言いました。「だってアイツがいつもウジウジしてるからイラつくんだよ!だからついやっちゃうんだ!」

時間をかけてその子の話を聴いたうえで、カウンセラーはこう話しかけました。

「そうか。いじめはしないほうがいいと思ってるけど、やめられない自分にたいしてもキミは怒ってるみたいだね。キミの感じていることをたくさん話してくれてありがとう。 どうだい?キミに何ができそうか一緒に考えてみないかい? 」

カウンセラーは優しく穏やかにその子に話しかけ、その子が自分の問題を解決するために勇気をもって一歩踏み出すための援助をしていきました。 
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さぁ…この話の例から、どんな気づきがあるでしょうか。


親としての役割をハッキリ意識すれば、そこに善悪の判断はいらない。

冒頭のゲームをめぐる兄弟ケンカに話を戻しましょう。

兄「僕の番なのに、アイツが割り込んできたんだよ!」
弟「ずっと待ってるのに、いつになっても貸してくれないからだよ!」

とお互いが「自分は悪くない!」と主張しているとき、親に何ができるでしょうか。

もともとはどういう約束なのか、結局順番を破ったのはどっちなのか、それが気になるかもしれませんが、そこをつきとめることはしなくてよいのです。それを親がしてしまうと、子どもはケンカ相手を負かすために親をケンカに巻き込んで加勢してもらう…という、ずるがしこいやり方を身につけていってしまいます。

どっちが悪いのか、どっちが正しいのか。それを確認する必要はありません。また、ふたりいっぺんに話をする…というよりは、このような場面では、子どもひとりひとりに別々に対応するのが良いのではないかなぁ…と私は思います。

そのときに、親が意識するべきは、

・いまこの子の抱えている問題は何か?
・この子はそれを解決したいと思っているか?
・解決したいと思っているなら親としてできる援助は何か?


ということです。

なぜなら、私たち親が目指したいのは、悪いことをしない子に育てることではないのです。

・自分の言動の結果に責任をもてる子
・自分で考え、自分で決めて、自分で問題に立ち向かえる子

そういう子どもを育てる自分になることを目指しています。そのために勇気づけを学んでいるのです。

誰が悪いのかに注目して犯人捜しをすることは、子どものやる気をそいでいきます。親はひとりひとりの、いま目の前にいる子にたいして、「どうしたらこの子の勇気(=問題を解決しようと取り組むチカラ)を発揮させてあげられるか」に集中することが大切です。

正しいことをしているか、悪いことをしていないか、に目を光らせなくてもいいのです。親があれこれ言わなくても意外と子どもは善悪の判断というものを自分のなかにもっています。

ただ、自分の信じる道のほうへ一歩踏み出す勇気をもてないときがあるというだけなのです。一歩踏み出すチカラを発揮する勇気を育ててあげること、それこそが親の役割なのです。


まとめ

子どものケンカには一切の仲裁はいらない。関心をしめさないことが大前提である。ということをここ最近の記事で書いてきました。

なのに、子どもがあれこれ訴えてきたら子どもの話を聴いてあげるの?矛盾していない?と感じた方もいるかもしれません。

ここでポイントになるのは、子どもが親に話を聴いてほしいという欲求の「目的」が、

・親の気をひきたいだけの関心引き のか
・問題解決の援助を親に求めている のか

その見きわめが必要です。ただ関心をひきたいだけの「告げ口」であれば、私なら子どもの話は聴きません。でも、本当はケンカをしたくないけどつい…と困っている気もちがその裏に隠れているようであれば、解決の方法を探すための援助をします。

その見きわめについては、第1回目のSTEP学習会で詳しく学びます。こちらのブログにも折をみて記事を書きたいと思います。


善悪の判断を入れずに、ひたすら子どもの話を聴いてあげれば、子どもはもっと話をきいてもらいたいと思うようになり、親にたくさん心の内を話してくれるようになります。

思いを口にしてはじめて、子どもは自分の抱えている問題を整理することができるのです。

目の前の子が正しいことをしているかどうかに集中せずに、その子が抱えている自分の問題に、立ち向かう勇気をもつには親として何ができるか?そこに集中して対応することが、子どものやる気を育てる近道なのです。


STEPリーダー
かたおかゆうこ


【参考】
・子どもの話を聴くときは善悪の判断をいれない(STEP4章 P.74より)
・子どもの問題解決の模索を援助する(STEP5章 P.87~より)