こんにちは。
かたおかゆうこです。

「自己肯定感」というワード…聞いたことのある方、また、それについて考えたことのある方はきっとたくさんいらっしゃると思います。

特に、このブログを読みに来てくださっている読者の方々はきっと、このワードには敏感なほうかもしれないなぁと思っています。

今日は「自己肯定感」について私の思うことを書いてみます。

3475130_s


自己肯定感マイナス1万だった私。

私自身、自己肯定感の「低さ」に何十年もの間、苦しい思いをしてきました。

自己肯定感が低いせいで色々とうまくいかない…と自分の生い立ちを呪っていましたし、まだSTEPに出会う前の私は「世界で一番憎くて、一番嫌いな人は、私自身です。」と言い切っていました。

とにかくダメでポンコツな自分のことが大嫌いで、憎くて、来る日も来る日も、この世に生まれてしまったことを悔いていました。

自分のことを好きだと感じることなど、ほんの一瞬も経験したことがありませんでした。

「こんなダメな私が生きていてごめんなさい。ダメな私が皆さんのための貴重な酸素を吸って生き延びてしまってごめんなさい。」

心の中でそう泣き叫びながら生きながらえていました。自己肯定感は「低い」どころか、「マイナス1万」くらいだったのではないでしょうか。

「私はダメな人間だ。もっと頑張らなきゃならない。そうじゃなきゃ生きていてはいけない。」そう自分に言い聞かせて生きてきて…当たり前に、心と体はとっくに限界を超えていたのです。

そして、限界を超えている私が子どもを出産して子育てがはじまったのです。当然…子育てはうまくいくはずもありませんでした。


自己肯定感を高めたくて取り組んだことはすべて逆効果だった。

自己肯定感を高めなければ、私の人生も子育てもうまくいかない…そう感じた私は、自己肯定感を育てる方法が書いてある本を読みあさりました。

・ネガティブな言葉を口にしない
・自分を責めない
・得意なことで自信をつける
・自分のいいところを書き出す

などなど、もちろんこれ以外にもたくさん…やってみたほうがいいと本に書いてあることは素直に取り組んでみました。

ネガティブな言葉を発することが減ったら、「次はこれに取り組もう!」と次の課題を見つけて取り組み、それをクリアしたらまた次の課題を自分に課していきました。

これは…一見、とても前向きなことだと思えますが…。今になって思えば、私の取り組みは自己肯定感を育てるどころか、まったくの逆効果でした。

やってもやっても終わりはなく、やればやるだけ「まだダメだ…もっとできるはずだ…もっと取り組まなきゃ…。」と自分を追い詰めました。

もともとが生真面目で自分を追い込むタイプの人間でしたから、「自己肯定感を高めるための取り組み」は結局、私自身を追い込む要素にしかならなかったのです。

私はまだダメ、もっと成長しなきゃ…そう思ってあれこれ取り組んでいたときに、ひょんなことから出会ったのが今の夫でした。


「今のままでいいんじゃないかなぁ。」の言葉に時が止まった。

もっともっと…と頑張りすぎて、心だけでなく体もおかしくなって寝込み、仕事にいくこともできなくなっていました。今から4年前のことです。

なんとかして体だけでも治して仕事にいかなきゃ…と当時はまだ母子家庭だった私は必死でした。そこで、近所で評判の良い整体院を探し、少しは動ける体にしてもらおうと思いました。
 
そして訪ねた整体院で私を担当してくれたのが今の夫です。(この出会いから9ヶ月後に入籍して、今に至ります。)

彼がとても話しやすい雰囲気の人だったこともあり、私は体を診てもらいながら自分のことを話しました。

自己肯定感を高めるために取り組んでいるあれこれのこと、自分はもっと頑張らなきゃいけないこと、もっと素晴らしい自分になれたら人の役に立てるようになりたいこと…。

彼は「そうなんですね、いろいろやってみてるんですね〜。」と私の話を聞いてくれました。そして施術が終わる頃、私の目を見てハッキリとこう言ったのです。

「今のままでいいんじゃないかなぁ。何も変わらない今のままのご自分で。」


「私はダメな人間です♡」と腹を決めた。

40年以上生きてきましたが、そんなふうに言ってくれる人は彼が初めてでした。

彼のこの言葉がキッカケとなり、私の生き方は激変しました。

自分の自己肯定感を高めるためにあれよこれよと取り組んできていましたが、それをすべてやめることにしました。

それまでの私は、

私は人より劣っていて足らない部分が多いからダメなんだ。成長して人並みにならなきゃ。

と思っていました。つまり、私がそれまで取り組んでいた『自己肯定感を高める取り組み』は『足りない部分を埋める』という作業だったのです。

でもそれは、やればやるほどに、「私はこんなにも足りない人間だ」と傷口に塩をぬる結果になっていました。

そんな私に、彼は何度も話してくれました。

「ダメでいーじゃん。ダメな人間で何がいけない?僕もダメな人だし、世の中み〜んなダメな人間だよ。ダメなままでいいじゃん。」

そして私は、ダメな自分を、「それでいーや!それが私!」と勇気をもって受け入れることにしました。そうしたら…意外にものすごくラクでした。

自分がダメな人間じゃないっていうことを証明するためにシャカリキに頑張ってきたけど、「私ダメな人でーす♡」って認めたらそれまでのすべての悩みが吹き飛びました。

自分にダメ出ししていたのは、他でもない自分だったことにも気づいたのです。


塗り重ねられた絵の具を削ぎ落としていく。

いまは、自己肯定感についてどう考えているかと言うと、

育てる・高める
のではなく、

もとに戻る
というイメージをもっています。

人は生まれてきた瞬間は、自己肯定感MAXの状態なのだそうです。赤ちゃんが泣いたり笑ったりするだけで、ただそれだけで周りの人はみんなハッピーになる。おしっこやウンチをして、人にそれを処理してもらっても「すみません、私の汚物を処理させてしまって…」と謙遜する赤ちゃんはいません。

忙しくしてる親がたとえため息混じりにミルクを用意したとしても、「疲れているのに私のせいでお手間かけて申し訳ない。」と思う赤ちゃんはいないのです。「ミルクだー♡」とただ嬉しそうに必死に飲むだけです。

生まれたときは自分の存在自体に花丸満点の気持ちでいっぱいだったはずの私たちは、年を重ねるにつれ、『人に迷惑をかけてはいけない』ということを学んでいきます。

『人に迷惑をかけるやつはダメなやつだ』ということを、いつからともなくどこからともなく教え込まれていくのです。

自分を大好きだったはずの赤ちゃんは、成長とともに、遠慮、謙遜、自己嫌悪、自己犠牲などを身につけていくのです。

それは、私の頭の中のイメージでは、生まれたときはキラキラと輝いていた自分自身に、『世間の価値観』という絵の具をどんどん上塗りしていく感じです。

絵の具の上塗りを重ねて…重ねて…、果てにはもう元の自分の色が見えなくなり、輝きは奥の方に閉じ込められてしまっている。そんな状態。

だから、私は今、上塗りしてきた絵の具を少しずつ削ぎ落としていく作業をしています。玉ねぎの皮を一枚ずつ剥いでいくような感覚。

私の元々持って生まれてきた輝きを、絵の具を落として取り戻すのです。『キラキラと輝くダメな自分✨』に戻るのです。

だからもうこれ以上、自分に何かを足すことはしません。これ以上の上塗りはしたくない。もとに戻る。生まれたままのありのままの私に少しでも近づいていく。

それが結果的に『自己肯定感たっぷり✨』の自分への近道だと気づいたからです。


子どもの自己肯定感を育てようとしなくていい。

「うちの子は自己肯定感が低いから、好ましくない言動が多くて…。」と、子どもの自己肯定感を育てるための取り組みを工夫しているママもいらっしゃると思います。

たとえば…

・成功体験を積ませてあげたくて、子どもができそうな勉強から少しずつやらせる

・跳び箱を怖がる子に低い跳び箱からでもやってみな!とやらせてみる

などです。それ自体は、親の愛がたっぷり詰まった素敵な取り組みだとは思います。でも少し立ち止まって考えてみるのもいいかなって思うのです。

…それ、「これができるようにならないとあなたはダメな子なのよ。」という親の価値観を子どもに上塗りすることにはなってないかな?ってことを。

親が子どもの自己肯定感を育てようとすればするほど、「自己肯定感が低い自分はこのままじゃダメなんだ。」と子どもが感じてしまうかもしれないと思うこともあるのです。

人のありのままの素晴らしさってなんだろう。

・何かができるかできないか
・人より劣っているか秀でているか

そういうことで価値を測ってはいないだろうか?

たまに考えてみるのもよいかもしれませんね。



STEPリーダー
かたおかゆうこ